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奈良日帰り
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    JUGEMテーマ:旅行
    誕生日に旅行をプレゼントされた。
    妻の提案で、日帰りで奈良の県立博物館で開催されている正倉院展に行こうというのだ。
    というわけで、夫婦して仕事を休み、予約も何もせずに朝の6時に家を出て、新横浜へ。
    そこで困ったことが発生。
    パスモからの乗継では切符を二枚連続で買えないのだ。仕方なく、二台の券売機で並んで、同時にそれぞれ切符を購入したら、4号車と13号車に席が分かれてしまった。
    どうも新幹線では、一人のお客は下りの海側のA席、通路側のC席を優先して販売し、二人の場合は陸側のD席、E席を販売するようだ。当日直前にそれぞれ一人で購入するとA席C席が完売となっていて、間のB席が割り当てられるようだ。二人とも別の車両のB席だった。
    時間も迫っていたので、そのまま別れて乗車。
    13号車のB席は両側の席に出張のサラリーマンがいて、それぞれノートパソコンをテーブルに置いて、せわしなくキーボードをカチャカチャたたき続ける。A席の方が身体を乗り出して神経質にたたき続け、うららかな陽光も邪魔なようでブラインドを下げられ、景色も見えない。彼は時々、シートの背にもたれかかると無遠慮に肘掛けに肘を押し出し、私の腕を押しのける。
    イライラが移ってきそうなので、スマートホンの音楽をイヤホンで聞いて現実を遮断。
    そうしたら、名古屋から修学旅行と思しき高校生が乗って来た。
    ズボン下げ男や、スカート上げ子が絶え間なく通路を行き交い、嬌声が車内に充満して阿鼻叫喚、イライラサラリーマンも集中力をかき乱されたのか、パソコンをたたんで居眠りモード、こっちはイヤホンの音量を上げる。
    耐え切れず、京都到着10分前に席を立って、妻のいる4号車に移動。睡眠中の妻に合図して、デッキで時間つぶし。
    京都で近鉄に乗り換え。今度は人のいるカウンターで奈良まで一番早い特急二枚を買う。
    もう今は、コンパニオンさんのおしぼりサービスはないのかと思いつつ、一路奈良へ。
    あっというまに近鉄奈良に到着。時間は9時過ぎ。
    駅前で配られていたスタンプラリーの地図をもらい、それをたよりに県立博物館に向かう。
    天気は快晴、奈良公園の木立や若草山の緑が美しく、さっそく鹿さんたちの歓迎を受けつつ博物館前に入り、当日券を買う。
    すでに長蛇の列ができていて、入館まで15分待ちとのこと。
    切手が趣味の妻は郵便局の出張販売に興味深々だが、それは展覧会を見てから。
    博物館のピロティに折りたたまれるように伸びる列に並び、ゆっくり進みながらプレショーのビデオ画像を見ている間にも、次々と人がやってきて列が伸びていく。
    我々が歩いて来た道が若草山方面に伸びていて、その道を修学旅行や、団体旅行の人々が続々と歩いて行く。これから紅葉の季節は人出の集中するハイシーズンなのだろう。
    あと少しと言うところで入場制限がかかり、列の動きがストップ。
    プレショー画像も見飽きたし、スマホのゲームで時間つぶし。まわりのおばちゃんたちの無遠慮な世間話もそれなりに楽しめる。平日だし、お客さんたちの平均年齢は我々より少し上のアラ6からアラ7ぐらい。スーツ姿は皆無。
    並んでいる間に、奈良ホテルに電話して、和食のランチを予約する。
    やっともぎりにたどり着いて入館し、とりあえずトイレ。奈良県立博物館のトイレはとてもキレイだった。
    二階に上がり、まず、第一展示室。
    いきなり螺鈿の鏡が出迎える。本当にこれが千年以上前のものなのか。中央の花柄と周囲に散らばった花柄に微妙に色彩の異なる朱色の玉がはめ込まれ、貼り付けられた貝殻の真珠色が文様を織りなす。その隣には鏡が入っていた箱が置かれているが、なんとこれは木製ではなく、革を型に嵌めて整形したものを土台に漆を塗り重ねた物だそうだ。
    その次には金銀の匙(さじ)、仏教の儀式に用いられた大きなスプーンだが、金銀とは銀の上に金メッキを施したもので、そんな技術があったのだろうか。たしか、最古の電池はメッキのために考案されたと読んだことがある。
    同じく儀式に用いられた金属製の皿は、最新の分析により成分が判明し、銘とは異なる合金であったことが分かったらしい。
    香水を注ぐための金属製の水差しや、別の水差しを入れるための木をくりぬいた容器(中身の水差しは行方不明)などに続き、楽器のコーナーとなり、石をくりぬき外側を削って文様を彫り込んだ横笛と縦笛が展示されている。縦笛にはわざわざ竹製の尺八を模して竹の節の飾りが施されている。気が付くと会場に笛の音が流れている。高低の単音を繰り返し吹いているが、それは展示されている横笛と縦笛の音を昭和25年ごろに実際に吹いて収録された音源だそうだ。
    その横に目玉の一つである琵琶が展示されている。
    ポスターにも描かれているこの琵琶は、四本の弦と四本のフレットのもので、胴体のサウンドホールは三日月ともゴンドラのようにも見える。バチが当たる部分のビックガードは革製で山水画の文様が施されているが、変色して良く分からない。何よりも秀逸なのは胴体や指板の背面やヘッドのペグ周りに施された象嵌で、寄木細工のように花柄を組んでそれを規則的にはめ込んである。この意匠によって楽器に華やかさと気品が備わり、まさに宝物。
    どんどん人が増えてきて、ぶつかる人、平気で前に立つ人が多い。みんな周囲への神経が磨り減った年代の方たちばかり。それに関西弁の私語がうるさい。買い物のついでに来ているのだろうか?
    今ではどのようなものであったか良く分からない伎楽で使われた面や大仏への献物の箱などを見て、第二展示室へ行くと、始めの展示は古文書。揮毫されたものでもなく、単なる当時の記録であって芸術的価値があるものではなく、資料としては興味がないので飛ばし見するが、皆さんどうしてこんなに熱心に見ているのだろう?
    それでも次に出てきたものさしは面白い。儀式に使う華麗な装飾が施された宝物ともいえるものさしから、竹製の実用品、木製の簡易なものもある。どれも一尺の小型のものだ。女性が針仕事が上達するようにと祈った針供養のような仏事に用いられた大きな針は五種類の金属で作られ、それぞれに五色の糸が付けられていたそうで、赤い糸が残っていた。
    展示を見終わって、迷った末に図録を購入。でも、これは正解だった。展示されている品物に絞って解説してあり、展示室の簡易な説明パネルより詳細な記述がある。琵琶のピックガードの文様の写し取りがあって、これは良く分かった。
    妻はショップで買い物三昧。おばちゃん軍団もヒートアップして、むらがるむらがる。
    出口脇には和服の女性がお手前してくださる抹茶カフェがあり、博物館出口に広がる庭園を見ながら緋毛氈に座っていただけるが今回はパス。
    出口から元来た方へ戻ると、列はさらに伸びて待ち時間は45分だって。
    さんざん買いものした妻がさらに正倉院展の切手をセットで買い、とりあえず一休みで博物館のカフェが出しているキッチンカーの出店でコーヒーを買い、オープンカフェならぬテント前で喫茶。なんとこれが香ばしくて美味。
    一息ついて、ランチの予約時間まで十分に時間があったので、春日大社へお参り。
    妻は灯篭や木の根、岩に着いた苔に夢中。
    それにしても外人が多い。大陸の方たちの歌うようなおしゃべりやドイツ語、タガログ語、スペイン語も聞こえる。家族連れやカップル、中には黒いベレー帽をかぶり軍服のような学生服のような制服を着た外国人の男子の一団もいた。
    鹿さんたちのお家である鹿苑を横目に、参道を1キロ近く進み、ようやく参拝。
    参拝が終わって見たら、本殿は遷座中で正面ではなく左側の仮本殿にご神体があるので、そっちを向いて参拝すべしだって。
    博物館からの参道から木立越しに見えていた気持ちの良さそうな原っぱに誘われて、参道を離れる。
    飛火野という芝生の原っぱの入り口に大きな樫の木があり、昭和天皇陛下が軍の演習後に食事を共にされた場所に植えた三本の樫の木が合体して巨木になったものとの説明があった。
    原っぱからは周辺の山々が見渡せ、妻は鹿のフンが気になるようだが、広々としていい気分。
    そこから奈良ホテルへのショートカットで、浮見堂を目指す。人通りを離れ静かな遊歩道を歩く。浮見堂は池の上に橋を掛け、橋の脇に東屋を設えたものではるか丘の上に奈良ホテルの古風な建物が見えた。
    さらにショートカットを図って次の池の畔へ降りていくと、あちこち芝生が掘り返されている。近くまで行って、はじめて掘り返されていた場所に溶け込むように20頭以上の鹿の群れが座って取り囲まれていることに気が付き思わず声が出た。
    鹿さんたちのお休み場所だった。
    結構たくさん歩いて、お腹も空いて、やっとたどり着いた奈良ホテルは東京駅を設計した辰野金吾による古風な木造建築。
    関東で言えば、箱根の富士屋ホテルに似た感じかな。
    予約時間には少し早かったので建物を見学させてもらう。
    二階への階段の踊り場には銅鑼が展示されており、大きな額の日本画が多数掛けられている。北側の窓からは足元の池と奈良公園の緑越しに興福寺の五重塔が見え、南側の窓からはならまちの街並みが見える。新館の瓦屋根は吹き替え工事中だ。
    大正の匂いがするソファや暖房の放熱器も古いもので、放熱器には装飾が施されていた。
    一階に降りると改築工事の際に発掘された鉄道省が運営していた時代の食器が展示されている。年表には日本の皇族方や賓客たちの名前が連なる。
    建物は古いが、スタッフは若い人も多い。
    時間になって、新館地下の日本料理「花菊」へ。
    途中で覗いたメインダイニングの「三笠」が良い雰囲気だったので、洋食にすればよかったかとも思う。
    瓦の葺き替え工事の足場が窓を塞いでカーテンを閉めた予約席に通され、和食のコースを注文し、ビールを飲む。すぐ後ろに座った白人の外人男性が大声で話しているが、気にせず、懐石風のオードブルから料理を堪能。器もよし、味もよし、盛り付けの見栄えもよし、サーブされるタイミングもよしで、ビールをお代わり。
    フォアグラ入りの饅頭にスッポン出汁の餡をかけた蒸し物が出るころには、ランチにもかかわらず奈良の地酒を頂き、いい気分。
    たまに行くからいいじゃないかと贅沢三昧。
    こういうところではレジに行くんじゃなくて席で会計だよと、お茶を頂きながら会計を済ませる。
    正面玄関前で記念撮影して、ならまちに向かう。
    「ならまち」というから、古風な街並みを再現した観光スポットのようなものを期待していたが、普通の住宅街。で、道を外れて興福寺の五重塔を目指す。
    ブタクサの花粉が目鼻を刺激してティッシュを使い切り、コンビニで購入。ついでにきれいなトイレも使わせてもらい、住宅街に回ったのが良かったのかも。
    妙チキリンな金属製のオブジェが浮かぶ池を横目に、興福寺への石段を登る。妻曰く、車椅子向けじゃないわね。
    近くで見る五重塔は巨大な相輪が空を切り裂く大迫力。いったい誰がどうやってこれを設計して建築したのか。
    修学旅行の行列を避けて、メインストリートではない脇道に向かう。
    公園を出るとそこは近鉄奈良駅へとつながる「ひがしむき」のアーケイド街、途端ににぎやかになった。
    さんざん土産を買ったのに、妻はまだ奈良漬なんぞを買いたい素振り。
    近鉄特急の切符を買い間違えて、払い戻ししてもらっている間に発車してしまい、一本遅らせた特急に乗り、京都へ。今回は切符のトラブルが多いなあ。
    京都ではホームに関西弁の先生が引率する修学旅行の学生が溢れていて、一緒に乗りたくないぞと思っていたら、我々の列車には乗らない様子なので、学生の列をかき分けて乗車。
    ホームで買ったビールとおつまみを頂きながら、正倉院展の図録を広げて復習。ここでもやっぱりA席はパソコンカチャカチャのサラリーマン。仕事帰りぐらい、暮れなずむ車窓を楽しめばいいのに。
    | 遊児 | 17:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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